2001年11月26日

中小・下請け企業における『リストラ』の実態(長崎地本発)

壱岐通信労組(連合長崎直轄)地労委へ申立
会社解散・組合員解雇の直後 別会社を密かに設立


声 明

 私たちは、壱岐という狭い地域で働いてきた。従業員は、社長を含めても20名足らずの小さな会社。電話の取り付け・取り外し、電柱建て、電線引き、そうした電気工事が私たちの仕事であった。工事の注文主はほとんどがNTT、その下請け、いや孫受けである。そんな私たちにもNTT「大合理化」の余波は確実に吹き付けてきた。社長の口から「場合によっては人員削減も……」そんな言葉が出始めた。「なんとかしなければ」そんな思いから、私たちは労働組合の結成を決意した。今年、4月18日の事である。過半数の11名が参加しての船出であった。そして、6月、連合長崎の直轄組合となった。

 私たちの想いは、自分たちの職場を守りたい、もっと明るく楽しく働ける職場にしたい、その一点であった。「きちんと36協定をしよう」「ボーナスや賃金の支給基準をはっきりしてほしい」、社長に求めた組合の要求はそんなものだった。だが、社長には通じなかったようだ。「株式会社」とはいえ社長と会長の個人会社同然の会社。そんな社長や会長にとって、組合結成などという行為は、「飼い犬に手を咬まれた」心境だったのかもしれない。対立は氷解しないまま、8月末になると、社長は、唐突に「10月末で会社解散」を宣言した。NTTの仕事も激減した、単価も削減された、展望はない、いまなら退職金も払える……そんな「理由」を並べた。一見、もっともらしい。

 だが、冷静に考えれば、会社解散・全員解雇の後、どのようにして生活するのか。退職金といっても20数年勤続の組合員でも十ヶ月分・二百万円を少し上回る金額でしかない。当然、組合は「企業存続」を求めた。「会社解散」の真意を明らかにしてほしい、と要求した。会社は、頑なに協議を拒否した。福岡から弁護士を呼び、解散の手続きを強行した。連合長崎から事務局長らが来島し、意を尽くして要請したが事態は変わらなかった。10月末で組合員は全員失業者となった。

 職安を訪れた組合員が、ある「求人票」を目にした。その会社は「有限会社壱岐通信」として「電気工」を「求人」していたのである。11月13日付けで「設立」登記がなされていることも判明した。解散登記と設立登記がほぼ同時になされていたのである。清算会社と有限会社が同居している、こんな不法が許されるのだろうか。なんのことはない、「会社解散・全員解雇」は組合潰しの手段に過ぎなかったことが白日の下に証明された。この間、組合が持ち続けた会社への疑惑が、まさに真実であったことが判明した。
 「一寸の虫にも五分の魂」があるという。私たちは、ささやかな反撃を始めた。昨日、長崎県地方労働委員会へ不当労働行為としての救済申立を行った。関係者のみなさんのご指導とご支援を仰ぎながら、私たちにできる精一杯の抵抗を試みよう、と決意している。「策略」を弄し、組合つぶしと組合員の排除を強行した社長・会長の行為は、暴挙以外の何ものでもないからである。「失業者」となった今、私たちには、これ以上失うものはなにもない。せめて、私たちにも労働者の意地というものがあることを思い知らせてやりたい。

 時あたかも、松島炭鉱(池島炭鉱)閉山・全員解雇のニュースがマスコミを賑わしている。私たちより一カ月遅れで進行する「閉山交渉」を複雑な思いで聞いた。国政を巻き込み、県の政財界をあげての「救済」活動を羨ましくも思った。だが、愚痴は言うまい。私たち以上に厳しい中で職を追われ、屈辱に耐えながら、呻吟している労働者の叫びが聞こえるような気がする。私たちのささやかな決起が、そうした仲間の琴線に少しでも触れ、共に決起できれば、との想いがある。労働組合は、そうした仲間の思いを実現する組織だ。だから、私たちは組合をつくった。私たちの組合活動は今から始まるのだ、そんな思いがある。

 奇しくも今日11月23日は「勤労感謝の日」、まさに万感の想いを込めて仲間の皆さんに呼びかける。力を貸してほしい。知恵を貸してほしい。壱岐という「離島」から声を大にして訴えたい。
 私たちは、かく、声明する。
2001年11月23日
壱岐通信労働組合
若干の解説

 長崎県下の離島である壱岐は、労働組合関係でもNTT労組や全逓では福岡の管轄。壱岐通信労組結成には、当初、全国一般福岡地本浦俊治委員長(中央本部副中央執行委員長)が関与していた。組合結成後は、行政区が長崎県でもあることから、連合長崎の直轄組合として組織されてきた。
 事態が紛糾する過程で、全国一般長崎地本の久保田達郎副委員長も連合アドバイザーとして関り、全面的にバックアップするなかで地方労働委員会も始まる。中小の仲間として私たちも最大の支援を行おう。

全国一般長崎地方本部発行『長崎地本速報112号』(2001年11月24日付)より